2016年2月19日金曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ワ)5210  大阪地裁 請求一部認容


事件番号
事件名
損害賠償請求事件
裁判年月日
平成28121
裁判所名
大阪地方裁判所第26民事部
裁 判 長 裁 判 官髙 松 宏 之
裁 判 官田 原 美 奈 子
裁 判 官林 啓 治 郎

・文言侵害
「以上を被告製品について見ると,被告製品の形状は,別紙「物件説明書」の「被告製品のフェイスマスクを展開した状態(背景色黒)」のとおりであり,十字状の 切り込み線が,鼻翼の付け根の外側からもう片方の鼻翼の付け根の外側を結ぶ線を下底とし,目頭の1段分か2段分下のやや外側を結ぶ線を上底とするほぼ台形 の領域に設けられていると認められる。
 このように,被告製品は,本件特許発明の「ほぼ台形の領域」の外側にも切り込み線が設けられている が,前記のとおり,このような構成は構成要件B1が排除するものではなく,付加的な要素にすぎないから,この点が被告製品の構成要件B1の充足性を阻害す るものではない。他方,被告製品では,「ほぼ台形の領域」のうち,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点で本件特許発明 と相違し,この点において本件特許発明の構成要件B1を文言上充足しないというべきである。
・・・(5) 以上のとおり,被告製品は,本件特許発明の構成要件A,B2及びCを文
言上充足するが,構成要件B1を文言上充足しない。」

・均等論
(2) 前記のとおり,被告製品は,構成要件B1のうち,目頭の高さからやや下の部分までの領域にミシン目状の切り込み線が設けられていない点で本件特許発明と相違することから,この点についての均等の成否を検討する。
ア 非本質的部分について
  本件特許発明が,シートによって鼻全体を覆うことを想定していることは先に述べたとおりである。しかし,本件明細書の記載によれば,従来のシートでも鼻の 上部に切り込みは設けられておらず(【0005】,図2),鼻の上部に当たる目頭付近部分は,従来技術によってもシートで覆うことが実現されていたのに対 し,本件特許発明の技術的課題は,従来のパック用シートでは,小鼻部分にシートで覆えない大きな隙間が空き,また,シートの小鼻に対応した部分が浮き上 がってしまう欠点があったことから,顔面で最も高く膨出する鼻の小鼻部分をもぴったりと覆うことにあり,本件特許発明は,「ほぼ台形の領域」にミシン目状 の切り込み線を配するとしたことにより,不織布の横方向に伸びやすいという物性と相俟って,パック用シートが鼻筋や鼻の角度に沿って自然と横方向に伸び広 がるようにし,隙間を生じることなく小鼻部分をもぴったり覆うようにしたものであると認められる。
 これらからすると,本件特許発明は,鼻 部にミシン目状の切り込み線を複数列配することによって,従来技術では困難であった小鼻部分を覆うことを実現した点に固有の作用効果があると認められる。 そうすると,被告製品において,目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点は,このような本件特許発明の固有の作用効果を基 礎付ける本質的部分に属する相違点ではないというべきである。
イ 置換可能性について
 証拠(甲3)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は,目頭の高さからやや下の部分までの領域にミシン目状の切り込み線が設けられていなくとも,小鼻部分を含めた鼻全体に密着するものであると認められる。
 そうすると,被告製品も,本件特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであると認められる。
ウ 置換容易性について
  前記のとおり,鼻の上部に当たる目頭付近部分は,従来技術によってもシートで覆うことが実現されていたことからすると,切り込み線が配される台形状の領域 の上底の高さを,眼の付け根である目頭の高さよりも,目頭の1段分か2段分,下に設けても本件特許発明と同一の作用効果を奏することは,当業者が,対象製 品等の製造等の時点において容易に想到することができたというべきである。
 なお,被告は,被告製品は,前記のとおり不織布を引き伸ばすこ となく鼻部分にも密着できるようにするものであると主張し,この主張は,本件特許発明との相違点が異なる課題解決原理によるものであるとして,置換容易性 を否定する趣旨の主張であると解されるが,被告製品が横方向に伸びやすい性質を有しており,本件特許発明の課題解決原理を利用していることは先に 1-1(4)()で述べたとおりであり,被告の主張は採用できない。
エ 対象製品の容易推考性について
 被告は,本件特 許発明が本件特許出願前に乙8公報に開示されており,被告製品の構成は,容易に推考できたものである旨主張するが,本件の全証拠によっても,後記争点 2-2に関する判示と同様に,被告製品が,本件特許の出願時における公知技術と同一又は当業者が公知技術から出願時に容易に推考できたものであるとは認め られない。
オ 意識的除外事由など特段の事情の有無について
 被告は,本件事情説明書(乙2)及び本件意見書案(乙3)の記載を指摘するが,その指摘に係るいずれの記載によっても,ほぼ台形の領域の上底の高さを目頭の位置から,切り込みの1列分か2列分,下の位置とすることを排除していると認めることはできない。
(3) 均等の成否
以上によれば,被告製品は本件特許発明の構成と均等なものとして,その技術的範囲に属する。」
  
【コメント】
 報道でも少し話題になった,個人の特許権者が大手の化粧品メーカーを訴えたものです。
 とは言え,上記の判決の最初の方を見ると,個人の特許権者ではありますが,個人発明家とかいうわけではなく,自身も化粧品のメーカーを経営しているようです。



 さて,クレームは以下のとおりです。
A 美容用具として,不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いたフェイスマスク型パック用シートに,
B 鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,縦方向もしくはやや斜め方向に「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した
C ことを特徴とするパック用シート。
 女性がよく使う顔のパックのシートですね。

 
  輪郭
  両眼部に対向する切り欠き孔
  口部に対向する切り欠き孔
  鼻下端部に対向する切り込み線
  ミシン目状の切り込み線

 この図を見ながらクレームを見るとわかりやすいと思います。

 他方,被告製品ですが,こんな感じです。
 


 違いというと,どこになるかというと,特許権の場合,「眼の付け根」の所までミシン目があるのに対し,被告製品の場合は,そこまでの部分にミシン目が来ていない所が大きな違いなわけです。
 ですので,文言侵害にはならないと認定されております。

 ところが,本件の事件では,均等論の主張がされ,それが受け入れられていることが大きいですね。

 通常,この手のわかりやすい事件の場合,なかなか均等論は認めにくいと思います。だって,均等論って迂闊な出願人(よく吟味すれば容易に気づくようなクレームの不備をそのままにするような人ということ。)を救うものではありませんから。

 むしろ逆で,よくよく吟味して考えぬいてクレームにしたのだけど,出願当時には思いもよらぬ周辺技術の発達等により,その後抜け穴的に特許技術を使っていると言ってよい場合を捕捉するものなのですね。

 そうすると,この判決の事件のクレームも,鼻の上側,眼の付け根までミシン目を入れたということによる何らかの効果はあるのだと思います。つまり,そこまで,ミシン目を入れていないようなものとは何らかの違いはあるのではないかと思います。

 ですので,この部分が本質的部分ではないとした今回の判決には結構な違和感が有りますね。

 恐らく,この事件は控訴されるでしょうから,知財高裁でどう判断されるかに注目したいと思います。