2016年2月29日月曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ワ)17390  東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成28年2月16日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩二
裁判官 萩原孝基
裁判官 中嶋邦人

「ウ 本件明細書の上記各記載を総合すると,本件発明1は,従来のヘリコバクター・ピロリの検出方法においては特異性の低さ等の問題があったことから(段落【0008】),交差反応性がなく特異性に優れ品質管理が容易なヘリコバクター・ピロリの感染を判定するための検査試薬を提供することを目的としているところ(【0010】),従来はヘリコバクター・ピロリのタンパク質が消化管中で分解されてしまうと考えられていたが,ヘリコバクター・ピロリ感染者の糞便中にヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼが存在していることを見いだしたことで,これをヘリコバクター・ピロリへの感染を判定するための指標とすることとし(【0012】),ヘリコバクター・ピロリのカタラーゼ(このカタラーゼにはSDS等の変性剤で変性,乖離され,立体構造がほどかれたサブユニットに相当するタンパク質が含まれない。【0011】)と特異的に結合するモノクローナル抗体(【0013】,【0033】,【0065】),すなわち,ネイティブなカタラーゼと特異的に結合するモノクローナル抗体(【0033】,【0036】,【0037】,【0121】)を用いることで特異性が極めて高い測定を行うことができる特色を有する(【0065】,【0125】)発明であると認められる。
 そうすると,構成要件1Bの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナル抗体」とは,ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼのみと結合するモノクローナル抗体であって,SDS等の変性剤で変性されたカタラーゼとは結合しないものをいうと解するのが相当である。
エ これに加え,原告は,本件特許1~3の出願経過において,平成15年11月11日付け意見書(乙2)を提出し,拒絶理由通知により引用された刊行物2(乙10)との相違点につき,刊行物2に記載されたモノクローナル抗体はヘリコバクター・ピロリのカタラーゼをSDSにより変性,乖離させて得られた変性したサブユニットと結合するものであるのに対し,本件発明1の「モノクローナル抗体」はヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼの立体構造をエピトープとして認識するものであって,SDSにより変性されたカタラーゼとは結合することができないものである旨の説明をしている。このような原告の説明は,構成要件1Bのモノクローナル抗体につき上記ウのように解釈すべきことを裏付けるものということができる。
オ そこで,上記ウの解釈を前提に,被告製品1及び2が構成要件1Bの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナル抗体」を充足するかについてみる。 
 前記前提事実(4)イのとおり,被告製品1及び2に用いられているモノクローナル抗体はヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼと結合する。また,証拠(乙26,34)及び弁論の全趣旨によれば,このモノクローナル抗体(被告製品1につきIgG主抗体及びIgG副抗体,被告製品2につきIgM抗体)はSDS及び2ME(メルカプトエタノール)による変性処理並びに煮沸処理を経たカタラーゼを検出することが認められる。そして,これらの変性及び煮沸処理によってカタラーゼは完全に変性し,単量体となったものと考えられるから(本件明細書の段落【0116】参照),被告製品1及び2のモノクローナル抗体は変性剤で変性されたカタラーゼと結合するものであるということができる。
 そうすると,被告製品1及び2のモノクローナル抗体は,ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼだけでなく,変性剤で変性されたカタラーゼとも結合するモノクローナル抗体であるから,構成要件1Bの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナル抗体」に当たらない。したがって,被告製品1及び2が構成要件1Bを充足すると認めることはできない。」

【コメント】
 最近流行り?の限定解釈をして,構成要件充足性がないとする特許権侵害訴訟の原告負けパターンの事件です。

 クレームです。
1A 消化管排泄物中に存在するヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼを検出することにより,ヘリコバクター・ピロリへの感染を判定するための試薬であって,
1B ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナル抗体を構成成分とする
1C ことを特徴とする検査試薬。

 モノクローナル抗体というところがミソのようです。と言いましても,私,この分野はあまりよくわかりません。

 ただ,最近メラノーマに非常に効果があるということで評判のオブジーボ(商品名)は,このモノクローナル抗体ですね。
 ですので,技術のポイントは,癌だとかウィルスとかの変な奴(抗原)にくっつくやつ(抗体)という所にあるようです。

 そうしますと,本件のものだと,ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼにくっつくモノクローナル抗体であることが必要です。

 さて,論点ですが,被告製品のモノクローナル抗体の場合, ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼにくっつくのは当然ですが,それ以外の,変性したカタラーゼにもくっつくことから,構成要件1Bの充足性が問題となったのです。

 クレームの文言上は, 「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼ」とあるだけなので,「ネイティブなカタラーゼ」のみくっつくやつだけが権利範囲じゃないのか(被告),いやいやクレームに限定がないのだから,「ネイティブなカタラーゼ」以外の変性したカタラーゼにくっつくようなやつでもいいのだ!(原告)というわけです。

 そして,判決は上記のとおり,被告の言い分をとりました。明細書の記載や,出願経過などから, 「ネイティブなカタラーゼ」のみくっつくやつだけが権利範囲だ,と限定解釈したのです。

 明細書にもはっきりと書いてあるし,審査段階の意見書でもそのはっきりの旨の主張もしたようですから,この事件では,限定解釈されたのも仕方がない感はあります。
 とは言え,最近本当,限定解釈が流行っていますね。

 こういうのは,広すぎるクレームとも言えるわけなので,サポート要件違反でも切れるのかもしれませんが,被告の主張が限定解釈だけで,サポート要件の主張をしていないと,裁判官もこのように判断するしかないのでしょう。