2019年12月23日月曜日

審決取消訴訟 特許    平成31(行ケ)10026  知財高裁 無効審判 無効審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和元年12月11日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部            
裁判長裁判官       鶴      岡      稔      彦
裁判官                高      橋              彩        
裁判官               石      神      有      吾  

「1  取消事由1(新規事項の追加に関する判断の誤り)について
⑴    本件補正の内容
 本件補正は,「弁体」を有する「開閉弁機構」について,本件補正前の請求項1から「この弁体が当接可能な弁座と,前記流体室の流体圧によって前記弁体を前記出力部材側に進出させた状態に保持する流体圧導入室と,前記流体室と前記流体圧導入室とを連通させる流体圧導入路とを備え」という発明特定事項を削除し,「前記弁体の前記大径軸部を前記流体室側に弾性付勢して前記弁体を前記流体室側に進出させた状態に保持する弾性部材と・・・を含」むという発明特定事項を新たに導入する内容を含むものである。  
 したがって,本件補正後の本件発明1には,弁体を出力部材側に進出させた状態に保持する構成として,流体室の流体圧を利用するための流体圧導入室及び流体圧導入路を備えることなく,弾性部材のみとする構成も含まれることとなる。
 また,本件発明2ないし5は,本件発明1を直接又は間接的に引用する従属項であり,弁体を出力部材側に進出させた状態に保持する構成については本件発明1に限定を加えていないから,本件発明1と同様,流体室の流体圧を利用するための流体圧導入室及び流体圧導入路を備えることなく,弾性部材のみとする構成も含まれることとなる。 
 かかる補正が,当業者によって本件当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであると認められるかを,以下検討する。 
(2) 本件当初明細書の記載 
・・・
(3)  本件当初明細書等に記載された技術的事項
ア  本件で主に問題とされているのは実施例2であるが,その検討の前提として,本件当初発明の意義及び実施例2の変更元である実施例1についてまず検討する。 
・・・
カ  以上のとおり,本件当初明細書等の記載のうち,実施例2の構成は,油圧導入室53と油圧導入路54を備えることによる油圧による付勢を主とし,圧縮コイルスプリング53aによる付勢を補助的に用いるものである(前記イ(ア))。かかる構成から,主である油圧による付勢に係る構成をあえてなくし,補助的なものに過ぎない圧縮コイルスプリングのみで付勢するという構成を導くことはできないというべきであり,実施例2においては,油圧導入室53と油圧導入路54が発明の効果と結びつけられて記載されていること(前記イ(イ))を考慮するとなおさらである。段落【0119】及び【0122】の記載は,具体的な変更内容を示すものではないから(前記エ),上記認定を左右しない。また,本件当初明細書のその他の実施例は,流体圧導入室及び流体圧導入路のみによって弁体を出力部材側に進出させた状態に保持する構成である(前記ウ)。本件当初明細書等のその他の部分にも,流体圧導入室及び流体圧導入路を備えない構成についての開示はない。
 そのため,開閉弁機構に流体圧導入室及び流体圧導入路を設けることなく,弾性部材のみによって弁体を出力部材側に進出させた状態に保持する構成は,当業者によって本件当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項とはいえない。」
 
【コメント】
 特許の無効審判によって,無効審決(新規事項追加)を下された,特許権(発明の名称を「流体圧シリンダ及びクランプ装置」特許第6291518号)を有する原告が,不服として審決取消訴訟を提起したものです。
 
 これに対して,知財高裁3部(鶴岡さんの合議体ですね。)は,原告の請求を棄却,つまり審決のとおりでよしとしたわけです。

 請求項1は補正前後で以下のとおりです。
 補正前
【請求項1】
 シリンダ本体と,このシリンダ本体に進退可能に装備された出力部材と,この出力部材を進出側と退入側の少なくとも一方に駆動する為の流体室とを有する流体圧シリンダにおいて,
 前記シリンダ本体内に形成され且つ一端部に加圧エアが供給され他端部が外界に連通したエア通路と,このエア通路を開閉可能な開閉弁機構とを備え,
 前記開閉弁機構は,前記シリンダ本体に形成した装着孔に進退可能に装着され且つ先端部が前記流体室に突出する弁体と,この弁体が当接可能な弁座と,前記流体室の流体圧によって前記弁体を前記出力部材側に進出させた状態に保持する流体圧導入室と,前記流体室と前記流体圧導入室とを連通させる流体圧導入路とを備え,
 前記出力部材が所定の位置に達したときに,前記出力部材により前記弁体を移動させて前記開閉弁機構の開閉状態を切り換え,前記エア通路のエア圧を介して前記出力部材が前記所定の位置に達したことを検知可能に構成したことを特徴とする流体圧シリンダ。
 
補正後
【請求項1】
  シリンダ本体と,
  前記シリンダ本体に進退可能に装備された出力部材と,
  前記出力部材を進出側と退入側の少なくとも一方に駆動する為の流体室と,
  前記シリンダ本体内に形成され且つ一端部に加圧エアが供給され他端部が外界に連通したエア通路と,
  前記エア通路を開閉可能な開閉弁機構とを備えた流体圧シリンダであって,
  前記開閉弁機構は,
  前記シリンダ本体に形成した装着孔に進退可能に装着され,小径軸部と前記小径軸部に対して前記流体室の反対側に設けられた大径軸部とが一体成形された弁体本体を含む弁体と,
  前記弁体の前記大径軸部を前記流体室側に弾性付勢して前記弁体を前記流体室側に進出させた状態に保持する弾性部材と,
  前記シリンダ本体の前記装着孔の途中部に設けられ,前記弁体本体の前記小径軸部が挿通される貫通孔を有する環状部材と,
  前記装着孔の開放側部分に固定され,前記弁体本体の前記大径軸部が内嵌される凹穴を有するキャップ部材と,
  前記環状部材と前記キャップ部材との間に形成され,前記弁体を収容する収容室と,
  前記環状部材の径方向に延びるように形成され,前記収容室を前記エア通路の前記一端部側に連通させる第1エア通路と,
  前記キャップ部材に形成され,前記収容室を前記エア通路の前記他端部側に連通させる第2エア通路とを含み,
  前記出力部材が所定の位置にない場合,前記開閉弁機構は,前記弁体を前記流体室に進出させた状態に保持し,前記第1エア通路と前記第2エア通路とを開く開放状態を維持し,
  前記出力部材が所定の位置に達したときに,前記出力部材により前記弁体を移動させて前記開閉弁機構の開閉状態を前記第1エア通路と前記第2エア通路とを閉じる閉弁状態に切り換え,前記エア通路のエア圧を介して前記出力部材が前記所定の位置に達したことを検知可能に構成したことを特徴とする流体圧シリンダ。

 なかなかメカのものってこう読んでるだけで全然把握できませんね。
 ですので,図です。
 
  発明はこんな感じです。
 
 ポイントは,開閉弁機構の所です。
 
 で,補正前は, 
 開閉弁機構について,流体圧導入室及び流体圧導入路を設けて,油圧による付勢を主とし,圧縮コイルスプリング53aによる付勢を補助的に用いるようなもの
 だったわけです。これが補正によりどうなったかというと,
 
 ↓
 補正後は,
 開閉弁機構について,流体圧導入室及び流体圧導入路を設けることなく,弾性部材のみによる付勢
 になったわけです。
 
 ということで,明細書にはそんな構成書いてねえじゃんということになって,新規事項追加でNGとなったわけです。
 
 書いていないものは,自明じゃないと許されないとは思いますが,この場合,自明とも言えず,この結果となりました。
 これはなかなかシビアな結果ですね。