2019年12月26日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成31(行ケ)10049  知財高裁 無効審判 無効審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和元年12月11日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部                        
裁判長裁判官  鶴      岡      稔      彦                                  
裁判官         上      田      卓      哉                                 
裁判官      山      門              優 
 
「⑸  相違点の容易想到性の判断
        事案に鑑み,相違点1-3の容易想到性の有無から判断する。
      ア  「少なくとも単独の受信者の識別子」の意義
        (ア)  本件特許の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」とは,「ハンドヘルド装置」が,同装置に備わる「入力デバイス」を通じて,「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツ」と共に,「操作者から受け取」るものであり,同装置に備わる「無線トランスミッタを通じて,」同装置「から空間的に離間した遠隔サーバー」に送られ,「この遠隔サーバーが」,「操作者により決定された関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」を,当該「少なくとも単独の受信者」「が受信するように」「送信」するものであることを理解できる。
(イ)  次に,前記⑴イのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明」は,モバイル装置を用いる音楽又は動画のようなコンテンツの形成及び分配を目的とするものであり,本件発明1の構成を採用することにより,ハンドヘルド装置の操作者において,同装置を用いて,遠隔サーバーに対し,同人により制御された時間的関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツの表現を与え,前記遠隔サーバーにより,前記時間的関係に従って配置された第1のコンテンツと第2のコンテンツとを表すメッセージを形成し,このメッセージを,前記操作者が指定した少なくとも1つの受信者に対して分配することができるという効果を奏するものである旨が記載されており,この点に本件発明1の技術的意義があると認められる。
(ウ)  以上の本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件明細書の記載に鑑みると,本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」とは,「遠隔サーバー」が送信する「操作者により決定された…更なる表現」を受信する者を識別するための情報であり,ハンドヘルド装置の操作者が,同装置に前記識別子を入力することで,当該識別子により識別される特定の者を,前記更なる表現を受信する者として指定できる機能を有するものであり,これにより,受信者は,特段の操作を要することなく,上記表現を受信することができるものと解される。
    また,本件明細書の「本発明の実施形態」には,操作者が少なくとも1つの受信者を識別する方法として,「1つの電話番号を特定する」方法,「遠隔サーバーに記憶された電話番号又はeメール・アドレスのリストから1つの受信者を選択する」方法があり,当該遠隔サーバーにおいて,上記方法によって指定された受信先に対し,適宜な送達方法により上記更なる表現を送信することが記載されており(【0043】,【0044】),このことも,上記解釈を裏付けるものといえる。
イ  甲1の開示事項
 前記⑵ケのとおり,甲1には,演奏者と視聴者(聴衆)はそれぞれ,インターネット対応の HumBand TM を介して,演奏グループに参加することができ,演奏者はすべて,情報を自分の HumBand TM を介して送信し,視聴者はすべて,そのような演奏を,自分の HumBands TM を介して聴くことが記載されている。
 そして,前記⑵クのとおり,甲1には,「このサービス(ウェブ/チャット型サービスによるグループ対話式音楽演奏)を使用するために,人は,HumJam.com ウェブ・サイトに,名前とパスワードを用いてログインした後,オンライン・グループのメンバになる。」と記載されていることから,引用発明1の HumBand TM 楽器において,「パフォーマンス」の「聴衆」となるには,HumJam.com ウェブ・サイトに,名前とパスワードを用いてログインし,所定のランクのオンライン・グループのメンバになる必要があることを理解できる。一方,甲1には,かかる方法のほかに,HumBand TM 楽器において,「パフォーマンス」の「聴衆」となる方法は記載されておらず,その示唆もない。
 そうすると,仮に,被告の主張するとおり,甲1において,「演奏者」が「演奏グループ」(オンライン・グループ)の「ランク」を「HumBand TM楽器」に入力して,自己の参加する「ランク」を選択できることが開示されているとしても,甲1の記載からは,かかる選択によって,当該「ランク」に格付けされた者が当然に「パフォーマンス」の「聴衆」と指定されるものではなく,「聴衆」となるには,上記のような方法で所定のランクのオンライン・グループのメンバになる必要があることを理解できる。
ウ  相違点の容易想到性
 前記アのとおり,本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」とは,「遠隔サーバー」が送信する「操作者により決定された…更なる表現」を受信する者を識別するための情報であり,ハンドヘルド装置の操作者が,同装置に前記識別子を入力することで,当該識別子により識別される特定の者を,前記更なる表現を受信する者として指定できる機能を有するものと解される。  
  一方,前記イのとおり,甲1に記載された「ランク」は,本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」により実現している機能を果たすものではないから,これに相当するものとはいえない
 そうすると,本件審決が,「ランク」を「少なくとも単独の受信者の識別子」と呼ぶことは任意であるとして,両者が実質的に同一であることを前提に,当業者が相違点1-3に係る本件発明1の構成を容易に想到し得ると判断したことは,その前提を誤るものといえる。
 そして,演奏者から受け取った信号と伴奏とを組み合わせたパフォーマンスを,サーバにアクセスしている聴衆に同報通信する構成により,「ウェブ/チャット型サービスによるグループ対話式音楽演奏」を実現した引用発明1において,「少なくとも単独の受信者の識別子」を,演奏者に入力させる構成を採用する動機付けとなる記載は,甲1には見当たらず,また,かかる構成を採用することが,「ウェブ/チャット型サービスによるグループ対話式音楽演奏」における周知技術であるとも認められない。
 したがって,相違点1-3に係る本件発明1の構成は,当業者が容易に想到できたものであるとは認められない。 」

【コメント】
 本件は,発明の名称を「実時間対話型コンテンツを無線交信ネットワーク及びインターネット上に形成及び分配する方法及び装置」とする特許権(特許第5033756号)を有する原告(台湾の人です。)に対して,被告(グーグル エルエルシー)が無効審判を請求したところ,特許庁が無効審決(進歩性なし)を下したため,これに不服の原告が審決取消訴訟を提起した事件です。
 
 これ対して,知財高裁3部の鶴岡部長の合議体は逆転で審決を取り消しました。
 つまりは,進歩性はあるよ,ということです。
 
 まずはクレームからです。
【請求項1】
 ハンドヘルド装置であって,
 操作者へ出力を提示する可視的ラスター・ディスプレイを含む少なくとも一つの出力デバイスと,
 操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む少なくとも一つの入力デバイスと,
 無線トランスミッタと,
 前記少なくとも1つの出力デバイス,前記少なくとも1つの入力デバイス及び前記無線トランスミッタの動作を制御する処理回路と,
  前記処理回路で実行可能なプログラムとを備え,そのプログラムは,
  前記ハンドヘルド装置を操作者が操作する際に,操作者を支援するように,その操作に関する情報を前記可視的ラスター・ディスプレイを通じて表示させ,
  前記出力デバイスを通じて操作者へ,(a)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバー又は(b)取り外し可能なメモリ・デバイスから与えられる第1のコンテンツの表現を提示させ,
 操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツと,少なくとも単独の受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ,
 前記無線トランスミッタを通じて,前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と少なくとも単独の受信者の識別子とを送ると共に,この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させるように構成されているハンドヘルド装置。
  」

 なかなかに複雑ですね。
  図を見ましょう。
 
  こんな感じですが,これでもよくわかりません。
 ただ,判旨には以下のようなまとめがあります。
個人が自分自身の聴覚的又は視覚的コンテンツを形成し,これを友人らと共有する趣味が広がっているが,従来技術では,音楽及び動画のような聴覚的及び視覚的コンテンツの形成及び分配には,容易に持ち運べない装置の使用が要求されるという課題があった(【0004】)。
「本発明」は,モバイル装置を用いた音楽又は動画等のコンテンツの形成及び分配を目的としたものであり(【0005】),上記課題を解決するために,操作者が,ハンドヘルド装置を介して,遠隔サーバーに対し,少なくとも1つの受信者の識別と,操作者により制御された時間的関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツの表現とを与え,前記遠隔サーバーにより,前記少なくとも1つの受信者に対し,前記時間的関係に従って配置された第1のコンテンツと第2のコンテンツとを表すメッセージを送らせるという構成を採用した(【0006】)。
      上記構成を採用することにより,ハンドヘルド装置の操作者において,同装置を用いて,遠隔サーバーに対し,同人により制御された時間的関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツの表現を与え,前記遠隔サーバーにより,前記時間的関係に従って配置された第1のコンテンツと第2のコンテンツとを表すメッセージを形成し,このメッセージを,前記操作者が指定した少なくとも1つの受信者に対して分配することができるという効果を奏する(【0032】~【0036】,【0041】,【0043】,【0044】)。
  」

 つまり自分の撮った動画なんかを友人と簡単に共有する,そんな装置なわけです。
 
 で,引例(甲1)の一致点・相違点です。
(一致点)
「ハンドヘルド装置であって,
 操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力デバイスと,
 操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む入力デバイスと,
 トランスミッタと,
 前記出力デバイス,前記入力デバイス及び前記トランスミッタの動作を制御する処理回路と,
 前記処理回路で実行可能なプログラムとを備え,そのプログラムは, 前記ハンドヘルド装置を操作者が操作する際に,操作者を支援するように,その操作に関する情報を前記ディスプレイを通じて表示させ,
 前記出力デバイスを通じて操作者は,(a)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーから与えられる第1のコンテンツの表現を提示させ
 操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ,
 前記トランスミッタを通じて,前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現を送ると共に,この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させるように構成されているハンドヘルド装置。」である点。 

 (相違点1-1)
 一致点の「操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力デバイス」の「ディスプレイ」に関し,本件発明1は,「可視的ラスター・ディスプレイ」であるのに対し,引用発明1は「小型ディスプレイ」である点。
(相違点1-2)
 一致点の「トランスミッタ」に関し,本件発明1は,「無線トランスミッタ」であるのに対し,引用発明1は無線である記載がない点。
(相違点1-3)
 一致点の「前記トランスミッタを通じて,前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現を送る」に関し,本件発明1は,「第2のコンテンツの表現」に加えて「少なくとも単独の受信者の識別子」とを送るのに対し,引用発明1は,そのような特定がない点。
 これに伴い,一致点の「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」に関し,本件発明1は,「第2のコンテンツ」に加えて「少なくとも単独の受信者の識別子を入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」るのに対し,引用発明1は,「少なくとも単独の受信者の識別子を前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」ることについて,記載されていない点。

 ポイントは相違点1-3なのですが,甲1発明ってこんなやつです。
 
  つまり,ネットを通じて演奏グループに入れ,そこで演奏したり聞いたりすることができるという発明なわけです。ま,広い意味でコンテンツの共有ということは言えるかと思います。
 
 ですので,かなり違った発明かなあと思います。
 特に判旨でも指摘しているとおり,本件発明にいう識別子の技術的思想が甲1には全くなく(「ランク」は識別子とは異なるもの),そこが周知発明等で埋められなかった以上,結論が審決と異なったのもやむを得ないかなと思います。

 さて,本件のポイントはもう一つあり,これは原告が個人で被告が何とグーグルなのですね。
 ほんで,現在,侵害訴訟が係属中らしいです(東京地方裁判所平成28年(ワ)第3978
9号)。
 ま,無効論が紛糾したりして,結構な時間経っているのでしょうね。とは言え,無効論がこの結論だということは,近々個人発明家がグーグルを破った!なんていう報道が出るかもしれません。